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    早見あかりとももいろクローバーZ(5)

    <題5章 「夢」は目標であり通過点、「志」は自分を越えて永遠に引き継がれるもの>

     エッジのきいた眉、強い意志を秘めた瞳、透き通った鼻すじ、はにかんだ唇、早見あかりはももいろクローバーというアイドルグループにいた頃、青の子と呼ばれていた。
     2011年4月10日のライブをもって、ももいろクローバーを脱退することになった。

    ポスター


    早見「本当にいい仲間を持ったなって思います。すごく身勝手なことだと思うけど、理解してくれて、あたしの性格も理解してくれるから、一度言ったことは曲げないということもわかってるし、だったら応援しようと思ってくれるみんなだからよかった。最初はどうなるかと思いました。ホントに、なんか、ふざけんなよって怒ってくれればいいけど、何もいうこともなく、ただ目の前で泣いてて、その涙を作っている原因は自分でどうしようって思いました。紅白に出てほしい。みんな本気で目指してるし、もっともっと大きな舞台で踊って、みんなで勝ち取ってほしいなって思います。あたしは離れちゃうけど、みんなが目指す目標は変わらないと思うし、私は私で頑張るし、ももクロはももクロで5人で頑張ってほしいなって思います。ファン、多分誰よりもももクロのことがわかっているももクロのファンかな。大好きです、ももクロ。2部は私がももクロにいたってことを忘れないでもらいたいから6人でやる最後のステージだし、メンバーとか、スタッフさんとか、ファンの皆さんとか、心に残るステージにしたいです」

     早見の脱退報告後、ZEEP全国ツアー「★ミライボウルがやってきた」が始まった。ライブ会場を満席にはできなかったが大都市圏のライブハウスの熱量が口コミで広がり確実にライブの客は増えていった。

    川上「もう早見の考えは変わらない。覚悟はできている。そう理解したところから僕の考えも一気に変わりました。その時点から、残った5人の画しか考えないようにしたのです。辞めていく早見には可哀想かもしれませんが、残された5人の方が、ももクロのマネージャーである僕が一番に行うマネジメントだと思いました。とはいえ、最後に早見の気が変わって『またやる』って言ったら、それでもいいかなとも考えていたのですが」

     メンバーは早見が抜けた後のフォーメーションの対応に追われていた。それでも「みんなが6人だったももいろクローバーを忘れないほしい」と思う気持ちでひとつになっていた。4月10日に早見がいなくなる訳がないとでもいうように早見と一緒にはしゃぎライブを転戦しスケジュールをこなしていた。

    玉井「映像とか撮ってって、一回、5人の取材とか設けて、なんか待ち合わせの時に5人が集合したのに車がスタートしなかったんですよ、『あれ!』ってマネージャーさんに『なんで動かないですかって』って言ったら、『今日はあかりちゃん、まだ来てないんだ』って言われて、あたしたちは5人だって思ってたから、『あかりちゃんが来てないから動けないんだよ』って、やっぱり4月10日過ぎたらこうなっちゃうのかなって、そん時はすごく感じました」

     玉井の目にはいつのまにか涙があふれていて、いくら手で拭っても涙を止めることができなかった。何故こんなに涙がでるのか玉井にもわからなかった。
     これまで早見が描いてきたももクロメンバーとしてのビジョンをどう引き継ぎ発展していくべきか、玉井だけではなく残されたメンバー一人一人の課題だった。

    佐々木(演出)「俺も久々に日本青年館に来て懐かしかったもんなー、あいつら入ってくるなりキャッキャッやって、うれしいんだろうね、初めてのコンサートをここでやるからって、思い出しましたよ、早見あかりもいてー、Zになる前」
    川上「あの時、国立で、やるなんて思ってもいなかったすよね。国立だーって意識はなかったですね、あん時は。そこまでは全然考えられなかったですね、国立を意識したのはミライボールの頃で、ちょうど、その頃に嵐さんのライブDVDを行き帰りの頃によく見ていたんですよ、車ん中で、超ブームになったんですよ、嵐さんの台詞を真似したりしてるんですよね、玉ちゃんとか、そういうのを立川の屋上でやってたりしてたんですよね勝手に国立競技場をイメージしてやってて、それを国立川って言ってて、国立をオマージュして国立ごっこをやってて、いつかやりたいねって、でも、そんな言えないですよね、だから言わなくなって、それで初めて、紅白に立てた時の次の日に言ったんですけどね」

     玉井が持ってきた国立競技場で行われた嵐のライブDVD、移動中のワゴン車の中で繰り返し見て、憧れた。ステージから伸びた花道を「国立競技場でライブをやりたい」からと「国立川(こくりつかわ)」と呼んだ。
     紅白に出場するのが夢だったが、どういうパフォーマンスをやるという具体的なプランはなかった。それが嵐の国立競技場のコピーではあったにせよ、彼女達なりにももクロのステージを考え始めたのが国立川だった。早見がいる間に早見が脱退した後のライブを作り上げる。そして、“私たちなりの国立競技場”として、フロム中武の屋上に花道やサブステージを設けてライブを行った。高城が一人先発し嵐をオマージュした煽りからスタートした。

    高城「みんなぁー!幸せになる準備はできてるかー!?」
    高城「幸せになる準備はできてるかー?!」
     客「うおー!!!」
    高城「わたしは、幸せだーっ!!!!!!」

    国立川

     百田が今日のステージ「国立川」の由来を説明し、国立競技場だからお客さん7万人いるくらいのつもりでやろうと思いますと300人程の観客の前で宣言する。衣装は、日本青年館で使用された詰め襟の衣装。曲中にステージから走り出てサブステージで歌ったり、早見がラップをサブステージで刻み、有安が台車に乗り「words of the mind 」でグローブをはめ、百田がステージから花道を走り「行くぜっ!怪盗少女」で前転の連続技で戻る、会場の構成をうまく使い、いつものステージよりサブステージや花道での演出の方が多かった。このイベントの演出とセットリストにメンバーは挑み、ステージを作るために川上が会社の若手をかき集めて屋上まで部材を運び上げ、へとへとになりながらステージを作り上げた。1部と2部でも配置を変えながら試行錯誤でステージを作り上げていった。

    佐々木彩夏「私たちが移動中の車とかで、たまたま見ていた嵐さんのDVDとかを見て、すごいお客さんの数だったり、今までにないパフォーマンスのあり方とか、あんなたくさんのお客さんを一つにできるんだってすごい憧れて、だから私たちも国立でやりたいなって、そん時は思って、でも、私たちなりに私たちの国立を立川の屋上のライブで国立川って名前で、そこで、花道を始めて作ってみたり、リヤカーでみんなの周りを廻ってみたり、あたしたちなりの国立を立川で作ったんですけど」

     放送作家のオークラがももクロのファンになったのはテレビ東京のゴットタンという番組の企画を考えるためにアイドルのPVを見て、ももクロを発見した時だ。ももクロの怪盗少女になんだこれはと思い、ココ☆ナツの「コーッ、コ、コッ、コッ、コー」と歌いクルクル回る中に入ったら恥ずかしいな、でもちょっと入りたいなと思っているうちにオークラはももクロの虜になってしまった。その時オークラが考えた企画が照れカワ芸人という企画で、後にももクロが出演して玉井がおぎやはぎを平手打ちし話題になった。2010年頃は、まだももクロを知っている人は誰もいない状態で、オークラの親友のバナナマンとネタ合わせでももクロの曲ばかりかけている内に設楽をファンにまきこんだりもした。とんねるずの食わず嫌い王決定戦のディレクターをやっていた佐々木敦則がももクロの演出をやってると聞きつけ「ももクロやってんですか」って聞くと「お前なんで知ってんの?」と言われ、その時、早見が辞めた後の七番勝負をやる企画があったので「七番勝負の構成手伝ってくんねいか」と言われ参加することになった。

    佐々木(演出)「あれはだから早見が辞めたのが2011年の4月10日で、4月11日から7日間連続のトークライブやったんですよ。でっ、今までずっとMCで回してた早見がいなくなって、誰も回すことがなくなった5人をどうやって、ファンの人たちの前でトークライブ成立させるかって、非常に痺れたライブで」
    オークラ「それで手伝うようになって、そしたら、いきなりももクロの稽古場に呼ばれて、その時中野サンプラザのライブ前で、行ったら夏菜子ちゃんしかいなくて、夏菜子ちゃんがソロ曲の練習してた。そこに俺座って観てたら、佐々木さん全然紹介もしてくんないし、突然来た変なおっさんって感じで、俺、席に座って観てたんだけど、目の前で踊ってるわけよ。ゆみ先生とかが教えてるんだけど、『ちょっとみんな俯瞰で見たいなって』って言って、ゆみ先生とか他のスタッフが全員俺の後ろに下がっちゃって、そしたら夏菜子ちゃんが俺の目の前で踊り始めて、恥ずかしくって、向こうもこいつ誰だみたいな。それが最初の出会いです」
     オークラは後に早見が出演する「ウレロ☆未確認少女」の脚本を書き、ももクロのライブで松崎しげるが出てきて「愛のメモリー」歌うサプライズの替え歌を作ることになるとはこの頃は思ってもいなかった。
     早見の最後のライブ(中野サンプラザ)直前に早見と百田が脱退直前の気持ちを吐露した。早見は自分が一番心配なのはリーダーの百田だという。

    早見「本当に心配なんです。トークとかそういう意味じゃなくて、夏菜子、こういう風に天真爛漫に見えるけど、実際、弱い部分もたくさんあるから、そういうところ知ってるから、メッチャ心配。つぶれちゃうんじゃないかって、だからスマートフォン買って夏菜子のこと支えるって決めたんだ。いつでも夏菜子の愚痴を聞いてあげるの」
    川上「でも、昨日、今日とゲネプロ組んでやらしてもらったけど、その時の夏菜子の目はすごくよかったね。それは詩織とか他のメンバーも思ってると思うけど。まあそれを見てて、後の5人も安心できるなーって思いましたけどね」
    早見「中野の話からそれちゃうんですけど、紅白!出てね。あたしは審査員席から見てるから。でもそんなこと言ってもかなわないんじゃないかと思ってる方もいらっしゃるとは思うんですけど、夢は大きくだよ!だって、ももクロは路上ライブから始まったんだよ、ビラ配ってたんだよ。そんなとこから始まって、こんな中野サンプラザみたいな大きなところでやれるようになったんだから」
    川上「いいな、最後にちょっといい話、あかりが紅白に出て審査員で、ももクロを見てるっていう画ね」
    百田「で、赤を上げさせるっていう、でもね、すごい思うの6人で立ちたいって言っててさー、それができなくなったみたいになってたじゃん」
    早見「考え方を変えたらできるんだよ」
    百田「できないことってないんだよ。だってできないって言っても『できる』って言われるんだもん」
    早見「とりあえず夢は大きく持とう。また会えるよ」

    6人の手

     2011年3月11日14時46分、仙台市の東方沖70kmを震源とするマグニチュード9.0の地震が発生した。東日本の太平洋沿岸を津波が直撃し2万人近い命を飲み込んだ。福島では原発がメルトダウンを起こし、次々に起こる水素爆発と事故対策に驚き、皆固唾をのんで推移を見守った。東京も余震に何度も震え、計画停電の余波が東京の闇を深くした。自粛ムードの中、ももクロのイベントもあいついで中止になり、早見が出演した映画「市民ポリス」の舞台挨拶も全て中止となった。4月10日のライブも開催が危ぶまれたが東日本大震災の復興を応援するためという主催者側の熱意により「中野サンプラザ大会 ももクロ春の一大事~眩しさの中に君がいた~」は開催された。開演前には、東日本大震災の復興を願うファンによって巨大なクローバーの幕に寄せ書きされ、ステージに掲げられた。

    寄書


     ついに昨日の雷雨に耐えず およそ相当施肥をも加へ
     やがての明るい目標を作らうとした程度の稲は次から次と倒れてしまひ
     こゝには雨のしぶきのなかに
     とむらふやうなつめたい霧が倒れた稲を被ってゐた
     しかもわたくしは予期してゐたので
     やがての直りを云はうとして きみの形を求めたけれども
     きみはわたくしの姿をさけ 雨はいよいよ降りつのり
     遂にはこゝも水でいっぱい
     晴れさうなけはひもなかったので
     わたくしは たうたう気狂ひのやうに
     あの雨のなかへ飛び出し測候所へも電話をかけ
     続けて雨のたよりをきゝ村から村をたづねてあるき
     声さへ枯れて凄まじい稲光のなかを夜更けて家に帰って来た
     さうして遂に睡らなかった
     さうしてどうだ
     今朝 黄金の薔薇 東はひらけ雲ののろしは つぎつぎのぼり
     高圧線もごろごろ鳴れば 澱んだ霧もはるかに翔けて
     見給へ たうたう稲は起きた
     まったくのいきもののやうに
     まったくの精巧な機械のやうに
     稲がそろって起きてゐて
     そのうつくしい日だまりの上を赤とんぼもすうすう飛ぶ 
     あゝわれわれはこどものやうに踊っても踊っても尚足りない
     もうこの次に倒れても稲は断じてまた起きる』
    (宮沢賢治 「和風は河谷いっぱいに吹く」草稿3)

     私は宮沢賢治のこの草稿が好きだ。「春と修羅」に納められた完成稿は緻密な描写が美しい名文だ。でも東北岩手の寒村で開花期の稲が風雨に襲われ倒れゆく稲田の前でオロオロと歩き、明けて黄金色に染まる稲が起き上がる様を稲は断じてまた起きると、昂揚した若さを露呈する宮沢賢治が私は好きだ。ももクロのメンバーに負荷をかけ超えるべき壁を作り続けた川上を筆頭としたスタッフが何度倒れても邪気もなく笑顔で立ち上げり続けるメンバーに驚かされ、宮沢賢治が大自然に心震わせるようにももクロに何度涙してきたことだろう。震災という負のエネルギーが充満する社会の片隅で、ももクロはももいろクローバーZとして再生した。

     早見が抜けた後の「Zでいくって決めたんだZ!!」のツアーは苛烈さを深めていく。1日20曲2回公演を毎週行い、最終日7月3日のツアーファイナルは1日3回公演全65曲幕間の入れて8時間に及ぶライブを行った。ももクロのダンスは3曲も歌えば全身汗だらけになる程の激しさだ。早見もロックバンド(かまってちゃん)との対バンで7曲ぶっ続けでやったことがあるが、最後は酸欠になりながら息ができず、それでも身体は踊れるんだなと思ったという。ライブを中継したニコニコ動画のコメント欄に「もういい、やめろ、いいから休め」と悲鳴のようなメッセージがアップされていた。早見が踊ったのはそれでも13曲にしかすぎない。地方都市で2時間2回公演を行った後、有安は「死ぬかと思った。…生きてるのかわからなくなっちゃう」と言っている。2時間の間にMC以外の休みがなくぶっ通しで、それも全力で踊り続けるのだ。

    川上「3回やったのは、『これがももいろクローバーZ』だというものを見せたかったからです。メンバーが5人になって初めてのツアーでしたから、とにかくギリギリのラインの生きざまを見せたかった。1回2時間で計6時間、しかもセットリストが全て違うという過酷なライブでしたが、彼女たちのの熱量を一番そばで見ていたから、できると思ってました。もちろん手を抜こうものならケツを叩くつもりでしたが、見事にやり抜いてくれました。
     誰でもそうですが、人間ってマージンを取って生活しているものじゃないですか。家に帰れなくなるくらい、働いてやろうとは思わないでしょうし。でも当時のももクロたちが、小器用に手先だけでうまくやれるとは思わなかった。ギリギリまで頑張って初めて人の心を打つものができる。そう考えたわけです」

     演出側もムチャなことはわかっていた。演出の佐々木敦則からライブを始める前にもし誰かが倒れた時はどう進めるか、メンバーが倒れる前提でメンバーと打ち合わせを行った。このライブ用にマッサージルームとプロのマッサージ師が用意され、公演と公演の合間にメンバーがマッサージを受ける準備をしていた。

    山里(南海キャンデーズ)「マッサージ師の人がマッサージしながら泣いちゃったんだ。なんでだと思う。こんなに女の子達が頑張ってて、触ったらわかるから、どれだけ疲労度があって、どれだけしんどいか、どれだけ動くのがしんどいかってのは、触った瞬間わかるんだって、マッサージの人って、涙が出るんだって、この子達こんな状態で後2時間もやんのかって、でもその時に一言も痛いとかしんどいと言わない、楽しいとしか言わない。ライブ、ZEEPがあんなに一杯になって、その前にZEEPでやった時は客先埋まんなかったんだから、それがこの半年で客席が埋まるようになってライブが盛り上がるようになったことで、自分達の体力の限界まで挑戦してやるっていう意気込みで…3回公演が終わった後、大人が背中を支えていないと全員立てないのよ。全員フラッフラで、有安なんてうつろなな状態で、担がれて医務室みたいなところに入っていってすごかった」

     メンバーはマッサージを受けながら眼だけはギラギラ輝いていた。早見は2回目の途中から舞台裏にかけつけた。百田にとって不安だったのは自分達が倒れることではない。ファンに全力の姿を見せたい、自分達のライブを楽しんでもらいたい、それなのにカラダがついてこれなかったらという不安だった。百田は早見の脱退以後、泣かないと決めていた筈なのに早見の激励を受けた瞬間、舞台裏で泣き涙があふれた。

    円陣

    早見「Zepp Tokyoの3部を観に行ったんですけど、あたしもいつのまにか開始前の円陣に加わってたんですよね。ももいろクローバーZは本当にカッコいいって思います。脱退してから4か月が過ぎたからか、素直にファンの目になれましたね。自分では2時間ガッツリライブをやれと言われたらやるんだろうけど、無理だと思います」

     2部のアンコールで百田17歳の誕生日サプライズで客席が赤いペンライトで赤く染まっていた。メンバーからステージに押し出され百田は「これはイカン!反則だよ、反則!」とファンが歌うハッピーバースデーを聞きながら泣いた。
    百田と玉井は、何度も「倒れたら倒れただ」と言い合って3回目のステージに向かった。
    アンコールのラスト曲、「ツヨクツヨク」では高城が泣き出した。最後の挨拶は皆涙声だった。

    百田「私も正直、3回公演なんて、本当にできるのかなーって思ったし、途中でこれやばいんじゃないかって思ったりもした時に、ファンの方が声援をくれたりとか、すごい応援してくれて、その度に頑張ろうって思えて、なんか今日3回公演やってファンの方とかスタッフさんとか皆さんがいたら、本当にももクロはどこまででもいけるんじゃないかなって、すごい思いました」

     舞台裏はコールドスプレーの匂いが鼻につき、廊下に汗がしたたり落ちていた。そして、客席からダブルアンコールの声が沸き上がった。挨拶だけでもと言いながら、何が歌えるか、その場で決めて、うれしそうにメンバーは誰ともなく舞台にむかった。

    百田「お前らも好きだなー! 最後まで付いてこいよー!」

     ダブルアンコールに「あの空にむかって」を歌って3部をしめた。舞台をはけると百田も足にきて、つった足を拳でしごいていた。有安は無意識に倒れ込んでいた。それでも、百田は笑顔で関係者にあいさつし、有安はボロボロなのに立ち上がってあいさつに加わった。玉井は汗を絞りきったせいか、ケータリングのカレーがおいしいおいしいと食べ家に持ち帰った。
    何故、アイドルがこんな肉体の限界に挑戦し続けるのだろうか。ライブをやる前に「私は絶対できると思う」と強気の発言をしていた高城は「ファンの人に『ももクロは2時間公演を3回もやったんだ』よって自慢させてあげたい」と言っていた。ライブ後のブログで自分達の挑戦の意味を語っている。

    高城「始まる前は本当に怖くて怖くて
     仕方なくてひたすら自分を信じることしかなかった!
     でも本当にみんなの力ってすごいなって思った!
     みんなの目が声がエネルギーだった
     どんなときでもそばにいてくれたから安心できたし頑張れた
     ありがとう!
     ただわたしがずっと疑問に思ってたことがあってそれは
     『どうして、こんなに私達の限界に挑戦してるんだろう?』
     でも今日わかった
     意味があるからだよね!
     意味がないことなんてこの世に存在しないんだよ
     そして限界なんてないんだよ
     心で負けない!これ大事
     どんなことに対しても言えることだよね!
     きっと自分にとってすごく自信にも繋がった!
     次へと繋がる!」(2011-7-3)

     早見が抜けた後フォーメーションを6人から5人変えて歌える歌を増やしてきた。早見の担当だったMCは佐々木に引き継ぎライブを回してきた。脱退直後の七番勝負では思うようにトークを回せずに佐々木は泣いた。メンバーを早見が抜けた穴を埋めるべくこのツアーをやりながら自分に何ができるのかをずっと考え続けていた。

    早見「玉井は自由人で、何を考えているか、あたしにもわからない。Zepp Tokyoでも、ライブ中にずっと私の方を見ていた。川上さんの話では、最近、夏菜子に叱られると、すぐに横になって、眠くなると黙ってしまうんだって」

     玉井は早見の脱退後めったに泣かなくなった。彼女にとって早見の抜けた空間を埋め切れていなかった。

    玉井「夏菜子があかりんについて、雑誌で『自分にとって大きな存在』と答えていたのを思い出して『あかりんがいないと夏菜子はどうなるんだろう』って、私にできることって何だろうと考えて、小さなことから始めたんです。例えばMCのとき、夏菜子はセンターなのに前に出ないことがある。そんなときはあかりんが背中をポンと押すんです。私はいつも、夏菜子をあかりんとはさんで立っていたから、それをずっと見ていて。だから、あかりんが抜けた後は、私が背中を押すところから始めようと…(涙ぐむ)」

    早見の抜けた後サブリーダーの位置に誰もつかなかった。玉井は百田を支えるという地点からサブリーダーを引き継ごうとしたのかもしれない。玉井はライブやイベントの場の空気を読んで補助する役割を率先して担っていった。8月20日よみうりランド で開催された極楽門ライブの前に玉井は髪を切った。

    玉井髪を切る

    玉井「もう、あかりんになっちゃったよ、前の」

     早見は脱退後モデル、映画の端役での出演、ヒャダインのPVの出演はあったが本格的な仕事は、まだなかった。この頃、テレビ東京で劇団ひとり、バカリズム、東京03の予定が空き以前からやりたかったシチュエーションコメディができるチャンスに佐久間プロデユーサーと脚本のオークラが企画を練っていた。

    ヒャダインと

    佐久間P「キャストの決定と同時進行でストーリーを詰めていくうち『これ二十歳前後の女の子がいたほうが話膨らむな』と思い始めて、誰か探してもいまいちピンとこない。そんな時、あかりちゃんを思い出しました」
    オークラ「早見さんも候補には入ってたんですけど、ただ16才というのがあって」
    佐久間P「毎週本番をしなきゃいけないし、芸人たちのスケジュールが合うの平日だし。あと、早見さんは若いから、あんな百戦錬磨の芸人どもの中に放り込まれてもできないんじゃないかなと思ったので、もうちょっと年齢が上の方に変えようかと。けど、早見さんが出てる『市民ポリス69』とか見たら『できるんじゃないかな』っていう気持ちもあったんです。そしたらマネージャーさんから『本人が話を触りだけ聞いて、どうてもやりたいって言ってる。やる気がすごくあるので、チャンスがもらえたら嬉しいです』ってお話いただいて。じゃあもう。」

     2011年10月7日から始まった「ウレロ☆未確認少女」はオークラが書いたこのセリフから始まった。

    川島(劇団ひとり)「ここに辿りつくまでに、どれだけの労力と時間を費やしてきただろうか。しかし、その苦労も無駄にはならなかった。何故なら、このアイドル戦国時代にトップを取る最高のメンバーを選び出したからだ。この6人の少女、未確認少女隊UFIだ。いよいよ明日、彼女達が@川島プロダクションの命運をかけ芸能界にデビューする。みんな悔いはないな」
    枡野(バカリズム)「僕はこれまでのプロデューサー人生の中で最高の6人を選び抜いた自信があります。誰一人が欠けても駄目です。彼女達こそ、まさしく最高の6人です」

     ここからメンバーチェンジのドタバタがあって笑わせるのだが、ももクロに擬せられるUFIの6人目の顔を隠した謎のメンバーを早見がやることになる。ももクロへのオマージュに満ちた芝居でありながら、東の芸人で一番油がのっている劇団ひとり、バカリズム、東京03のシチュエーションコメディは面白いと評判を呼んだ。特に紅一点の早見あかりにファンの熱い声援がとんだ。

    早見「ももクロって基本的に丸裸な感じじゃないですか、感情むき出しで。普通のアイドルってアイドル像があるじゃないですか、でもそれがももクロにはない気がしてるんです。だから「ウレロ☆」の台本を最初に読んだ時、本当にももクロのことを好きな人が作っている!すごく思って感動したんです。だから、ももクロのことが好きだからZを応援するし、別れちゃったけど、あかりんも応援してくれている人たちが作ってくれた番組なんです」

    オークラ(脚本)「最初に早見さんが本読みに来られなくて、その後に初めて本読みするっていうときに、大丈夫かなってドキドキしてたら、あまりにもできるんで、もう度肝抜かれて。」
    佐久間P「そうそうそう、ビックリしちゃった。だって、芸人チームは1回別日でやってるんですよ。後日立ち稽古を初めてやってみるときに早見さんが合流して、軽く本読みやったら「あれ」って。立ち稽古もやり始めたら、呼吸とか間がすごくいいので、バカリズムが「あれ」って顔になったから、「これはイケるな」って思いました。
    川島(劇団ひとり)「16才とは思えない堂々たる立ち振る舞いだよね。あと数年後には共演できないようなレベルに達する人なんだろうなぁと思ってしまうくらい、存在感がすごいですから。」
    升野(バカリズム)「ほんとに勘のいいというか、すごい子だなと思うんですよ。僕、結構細かいことを仕込んだりするんですけど、全然恥ずかしがらずにやってくれて、度胸もあるなと。ただすごく感じるのが、この番組のスタッフ全員が早見あかりのファンすぎるんじゃないかと。」
    飯塚(東京03)「俺ツッコミ役だけど、いやもう天才だと思いますよ。練習量だって、僕らは朝からやってて、彼女は後から来てるのに遅れもとってないし。16才で40才くらいのおじさんの間に入ってできるってこと自体がすごい。」
    角田(東京03)「ビンタとかするときって躊躇しちゃうじゃないですか。一切ないんですよ。髪の毛掴むシーンも、引っこ抜かれる勢いでしたから、あー思い切りのいい子だなと。その辺のプロ意識がすごい。」

    ビンタ

    早見「ドラマじゃないし、芸人さんたちの空気の中に入っていくのは最初大変だったんですけど、せっかく紅一点として選んでいただいたのに、ここで遠慮してたら意味ないよな、と思って、自分の中ではかなり振り切ってやってたんですよ。そうしたらスタッフさんも大丈夫だと判断して下さったのか、急に台詞の量が増えたんです(笑)。覚えることも増えて大変だったし、プレッシャーも感じましたけど、オチの部分を任せてもらえるようになったのはうれしかったですね。」
    佐久間P「UFI(ももクロ)とあかりちゃんの組み合わせは最初から狙っていたかといえば、違うんですよ。脚本を煮詰める内に顔を出さないUFIと事務所の連中を繋げる誰かが必要じゃねーかとなり、あかりがミスXとしてUFIに加入するくだりが生まれました。だからあかりちゃんがUFI(ももクロ)を思うシーンは、思わずジーンとしちゃうんです。一人の視聴者の気持ちで」

     「ウレロ☆未確認少女」はシーズン1で終わらなかった。面白いと評判を呼びDVDの売行きの良く翌年へと企画がつながった。
     ももクロは信じられない速度でライブでの動員力を増大していった。日本青年館(1300)、中野サンプラザ(4000)、極楽門(6000)、スーパーアリーナ(1万)、たった1年で10倍近く動員力を伸ばした。2011年末の「NHK紅白歌合戦」出場を目指すももクロが、会場に集まった“選ばれしモノノフ”たちとともに、誓いの“血判状”を作るボイン会というイベントを行った。5人はそれぞれの直筆署名が入った色紙に、その場で朱肉を使って“拇印”を押し、ファンに手渡した。「ももクロZ@横浜BLITZ ~選ばれしモノノフの集い」のイベントからももクロのファンはモノノフと呼ばれるようになった。モノノフになる条件はただ一つ、ももいろクローバーの幸福と成功を心から願う人だ。
     しかし、紅白歌合戦の候補に上がったがこの年も出場を果たせなかった。デビューしてから大晦日のスケジュールは毎年あけてるんだぞと言っていたメンバーも、今回は手応えがあっただけに悔しかった。

    百田「頑張れば必ず夢は叶うって言葉。
     本当なのか嘘なのか分からないけど
     その答えは頑張ってみないと分からないし、
     努力しないで夢を叶えた人はいないと思うから!
     みなさんにももクロを応援してて良かったって思ってもらえるように!
     もっとたくさんの方に幸せが届けられるように!
     …これからも全力疾走したいと思います
     絶対諦めないweare!ももいろクローバー♪」

     年が明けて、ももクロは2度目の七番勝負に挑んだ。

    玉井「ロックも演歌もパンクもメタルも混じったのがアイドルだし、その全てを超えたものがももクロだと思うので」

     全てを超えたものがももクロだと玉井は言う。ももクロが目指すものとはなんなのか。

    川上「七番勝負の元ネタは、やはり僕が好きなプロレスです。ジャンボ鶴田の『試練の十番勝負』や田上明の『炎の七番勝負』、小橋健太の『試練の七番勝負』など、期待されている若手レスラーがタイプの違う先輩レスラーに挑んでいく。反則ばかりする悪役レスラーと戦ったかと思うと、職人技がすごいテクニシャンと戦ったりするのです。そこには『見世物』としての目線と『教育』、『育成』の目線、両方があります。これはももクロの七番勝負も同じです。エンタティメントの面白さと同時に、それぞれのエキスパートたちが語る彼女達の知らない世界が、ももクロの今後の活動に役に立つに違いない。今の時代にかけていると思われるテーマを出して、本人たちがどれだけ真剣に考えられるのか。『言われることをやるアイドル』ではなく『自分で考えるアイドル』、それが僕が考える芸能人像でもあるんです」

     七番勝負の中で川上が特に印象に残っていると言った戦場カメラマンの渡辺陽一の回は、私もビデオで見て感動した。最初は渡辺の独特のゆったりした口調でのどかにトークが進んでいたが、一枚の戦場のアイドルの写真を見せ渡部陽一が語り出した時、空気が一変した。

    渡部陽一「戦場のアイドルの人達です。世界中の戦場や不安定な国の何かには必ずアイドルの方、シンガーの方、ダンサーの方々がたくさんいるんです。厳しい生活の中で歌い踊ることで苦しんでいる人達の力が湧いてくる。笑顔が戻ってくる。そんな希望を戦場でくれる人達が戦場のアイドルなんです。アフガニスタンで出会った一人の女性シンガー、絶大的な人気を誇り、まさにアイドルとしてたくさんの子供達から希望と笑顔を取り戻してくれていた、そんなライブコンサート会場です。このときには兵隊さんだけではなくて、戦場で家族をなくしてしまった人や家を失くした子供達がここに集まってアイドルの歌を聴いたんです。みんな立ち上がって手を叩いて歌い、泣いてる子供たちまでいたんです。生きる力が歌からみなぎってきたんですね。世界中にアイドルがいます。そして世界の人達がアイドルを必要としています。だから、国境を越えてももクロの皆さんも世界中のたくさんの子供達に力を届けて上げたいと思っています。」

    戦場のアイドル

    玉井「私たちにも世界の皆さんに元気を届ける事ができると思いますか?」
    渡部陽一「思います!言葉は関係ないです!歌、踊り、笑顔、スピード、それを見ていれば、どの国の人もももクロを感じてくれます!」
    有安「普段、私達が普通に暮らしてたら、なんだろうな、いまこうやって、みんなの前で話してることも全然当たり前じゃないし、なかなか当たり前の幸せに気付けないと思うんですよ。それは昨年本当にあった。ちょうどもうすぐ1年になる震災の時にすごく感じたことなんですけど、震災があった東北に行かせてもらって、その時に涙を流して喜んでくださるファンの方々もいて、私達を必要としてくれている人もいるんだってすごく思えて、いまもこうやって拍手もしてくれて、ずっと立って聞いてくれている人もいるし、だから、うまくしゃべれないだけど、日本だけじゃなくて、世界のいろんな国にいって、もちろん私達を知らない人がほとんどだと思うんですけど、言葉は通じなくても、笑顔は共通語だと思うので、これから、もっともっと成長して、いろんな国に行って笑顔とかを届けて、一人でもいいんで、いろんな子供達やみんなに笑顔を伝えて… 笑顔って、誰かが笑ったら連鎖していくと思うんです。だから私は笑顔の連鎖をどんどん日本からいろんな国に広げていけたらなって思います。」

    7番勝負

     百田は何か伝えたいのに言葉が出なかった。身もだえしながら言葉を絞り出そうとしても涙しかでなかった。

    高城「世界中のみんながアイドルだと思うんですよ。絶対どんな人でも勇気を与えられたり、笑顔をあげられたり支え合いの地球だと思うんですよ。だから日々のことも全力で頑張って、ちょっと大袈裟かもしれないけど、何をするにも命がけでやりたいと思いました」

     この七番勝負のビデオを見た時、高城が何を言っているのか私には最初理解できなかった。みんながアイドルってどういう意味だろう。こんなオッサンの自分がアイドルだというのだろうか。よくよく彼女の発言を聞いてみると、まるでアイドルという言葉が仏性であるかのようにアイドルという言葉を使っている。仏性とは大乗仏教の中核思想だ。釈迦だけが仏になれる特殊な能力を持っているのではない。誰もが釈迦のように仏になる能力を持って生れてくるのだと教える。高城もまた人を笑顔にするのがアイドルの特性だとすれば、それはどんな人でも潜在的にもっている。赤ん坊の笑顔が赤ん坊を抱く者を笑顔にするように誰もが人を笑顔にする力がある。人は誰もが人を幸せにする力を持って生れてきたのだ。自分達のようなポンコツでもファンの笑顔に助けられ笑顔になれるように、もしその力を忘れているなら自分達のライブを見て思い出してほしい。人は誰もが人を笑顔にする力があることを、人を幸せにする力があることを思い出してほしい。なんのために歌うのか、なんのために踊るのか、なんのために生きているのかという根源的な問いに身体をはって彼女達は考え続けていている。ももいろクローバーという「幸せを運ぶ」というグループ名の意味を何度も考え続け、そこに向かって努力しようとする。

    高城「奇跡なんてないんです。頑張ったり、続けることで手に入れるものだから。そしてそれは、自分が気づかないうちに積み上げたもんじゃないかなって思います。そして結局は原点に帰るんだなっーて。一周廻って、いろんなもの積み上げて、経験もいっぱいするけど、でもまた原点に戻る。でもよく見たら、前より少しだけ成長してる。それが私たちなんだなっーて」

    高城はリーダーを降ろされ、時に意に添わない扮装や役目をさせられて傷つき悩んだ。舞台前には緊張ですぐに泣きだしてしまうチキンな高城はファンの声援を支えにここまで強く成長した。早見の脱退による危機に、皆がそれぞれ変わらねばと思ったとき、百田は「人前でもう泣かない、弱い自分を見せない」と誓ったのに対し、高城はその真逆の道を選んだ。もう傷付くことを恐れない、むしろ進んで傷付こうとするかのように心を開き周りの人に対した。垣根を設けず知らない人でも名前を覚えて相手の懐に飛び込んでいく。そのかわり強がらない。自分の弱さすらもさらけ出すし、時には赤ん坊のようにぐずったりもする。

    高城

    高城「ライブ中はとにかく自分が楽しむこと、自分が好きになること。“自分を好きになる”のはいつも心掛けていることです。そうするとちょっとは心に余裕を持つことができる。ふだんの生活から意識していると、いざというとき…ライブとかね、そういう時に素直に自然に、自分から湧き出る何かがあると思うんです。だから表現というのは、ライブの数時間だけとかその場だけのものじゃない。私生活でも常に自分に対する意識をしっかり持つこと、それが一番大事だなって思っています。全てを受け入れる。悪い処を含めて、自分をちゃんと見る。人間だから、『ああほんとに自分は性格悪い!』とか思うときがあるけど、そういう部分を含めて、全部受け入れる。で、悪いと思ったところはちょっとずつでも改善できるように、まずは気づけることが大事なのかなと思う」

     夢は自分やグループの願望でしかない。達成してしまえば終わってしまう。それに対して志は、こうあらんとする覚悟であり意志だ。志に終わりはない。ももクロの夢は自分達の願望から他者と共有する志へと深化していた。

    高城「自分が幸せじゃないと人も幸せにできない。幸せって絶対に連鎖するから。」

     『装苑』主催のトークイベント(2012-02-11)に早見あかりと川上アキラが出席した。
     早見は肩に髪がかかるくらいの長さで、ちょっと緊張していたのか、表情は少し固かった。川上が時折挟む自虐ネタなどもあり、次第に和やかな雰囲気でトークイベントは進んだ。早見の声は力強く、低く芯のある声が耳にまっすぐ届いてくる。落ち着いた声から充実した日々を送っているのがよくわかる。
     早見は自身の理想像として、柴咲コウのような歌も女優もなんでもこなせる人物になりたいと語る。結婚しても働きたい、自立した女性を目指したい、もちろん男性には好かれたいが、女性からの支持を得たいと熱く語り、その観点から仕事ができるオーラを身体中から発している装苑編集長に憧れているという。
     早見の言葉の力強さ、編集長も言うように瞳の強さも印象的で、他人にしがみつかない前向きな姿勢が観客の共感を呼んだ。
     早見はテニスプレイヤー錦織圭の言葉を引き合いに出して、将来について今はまだまだ理想に近付けていない、夢を目標にできるようにひとつひとつがんばっていきたいと述べ16歳に見えない落ち着いた語り口だった。
    進路について聞かれ、「大学進学を目指し、特に保育系の大学に進学したい」と早見は述べた。「将来について川上さんに相談することもあるけど、何を言われても結局決めるのは自分」と言い切る。川上が頑固なんですよとフォローし、早見と初めて会ったとき、将来のビジョンについて話し合った。早見のビジョンは明確なのだが、具体的な内容については川上ですらちょっと恥ずかしくて言えないという。
     早見は今、学校が楽しく、毎日友達とくだらない時間を過ごすのが好きと屈託なく語り、その話し方は本当に幸せそうだ。
     早見の発する『友達』という言葉や音が綺麗にホールに響いた。

    早見「私はももクロの気持ちがいちばんわかるファンですから。昨年は横浜アリーナと西武ドーム。あとは『女まつり』もいきました。普通に感動しますよね。だって、どんどん(客席から見える)ももクロが小さくなっていくんですもん。西武ドームの客席で私が『あの空にむかって』を踊っているのを見て、川上さんがウルッてきたとききましたけど、私が踊れない曲も増えてきた。」

     ももいろクローバーの初期の曲に「オレンジノート」という歌がある。歌い出しでメンバーが2人一組でマイクを相手の口元にあてて歌う。早見あかりとペアだった高城れにが早見が抜けた後、センターに立ち、マイクを客席に差し向けるフォーメーションに変更した。ももクロと一緒に走り続けるファンと歌い出すために、無数の早見あかりに向けて。

    オレンジノート


     自分は笑顔でいるべきで、笑顔でいられないことが悔しいと百田はいう。
     高城は笑顔で感情を隠す百田をみて、もっと正直でいいのにと言う。

     2012年春、横浜アリーナ2Days360の円形ステージを制し、夏は西武ドーム3万7千人を動員した。爆発的なライブの動員とは別なベクトルでメンバーは成長していた。
     高城は横浜アリーナで川上から怒鳴りつけられた。会場の隅々まで神経が届いてないと客席の一番上まで連れていかれ自分の小ささ実感させられた。どうすれば全ての観客に満足してもらえるパフォーマンスができるか、どこに視線を送るべきか、俯瞰して自分を見ながらどう身体を動かすべきかを考えるようになった。ツアーの会場に真っ先に入って、会場と仲良くなりたいといってあちこちを見て回り大道具の人達と仲良くなるのが定番となった。
     有安は全国ツアーの折り返し地点の米子でどうしてもメンバーに入っていけない部分を指摘され、5人でホテルの一室で語り合った。ももクロの加入が一番遅かった有安はどこか一歩引いて楽屋でメンバーのことを見ていた自分に対するメンバーの気持ちをお互い感情をぶつけあい涙を流しながら話した。メンバーの思いを打たれ、有安が自分で閉ざしていた皮膚が一枚一枚剥がれるようにメンバーに溶け込めるようになった。
     西武ドームの後のフォーク村で佐々木は「秋桜」を歌い失敗する。ファンの歓声もペンライトも禁止されダンスを封印しての独唱に挑んだ。自分達の実力のなさを思い知った。その3か月後に1000人ほどの会場で同じようにダンスを封印した単独ライブをやりフォーク村でのリベンジを行った。佐々木は更にさだまさしのソロコンサートに出演して「秋桜」を歌うまでになった。
     川上は勢いだけできたももクロに本当の実力をつけさせるために次々とメンバーが超えるべき壁を作って更なる成長を促した。初期の頃からいる女性マネージャーの古屋がメンバーの成長の速度についていけず西武ドームで涙するほど彼女達の成長はすさまじかった。
     ももクロの認知度は急激に高まり紅白間違いないという下馬評にファンもメンバーも期待した。期待に応えたいという気持ちでメンバーは紅白の発表を待った。今年も駄目だったと川上に告げられた。言葉を失くし期待してくれてるファンにどう報告しようもなく落ち込んだ。NHKホールの控室にNHKのプロデューサーが来て紅白の出場が知らされる。サプライズを仕掛けた川上にメンバーは本気で怒り詰め寄るが仕掛けた筈の川上も泣いていた。
    ももクロの紅白出場が決まった夜、ラジオでファンに向けて紅白出場の報告を行った。

    百田「結成…したとき…から、今まで…紅白っていう、目標を、ずっと大きな夢として見てきて、で、紅白までの道のりで、いろんな目標…っていうのがもちろん…あって、それを、少しずつ少しずつ、みんなで…叶えていけてて、去年は、紅白……の出場が、叶わな…くって、やっぱり……そんなに…簡単に…夢って叶うものじゃないなっていうのが、実感したし、…去年の、紅白に出れないってわかったときの…ブログかなんかで、わたしは、がんばれば夢は…叶うって…いう言葉が、本当かどうかわからない……でも、それは、…がんばってみないとわからないよねみたいな…ことを…書いて、……やっぱ、…今年1年は、がんばってみないとほんとにわからないので、すごい…なんだろう、バカ正直に…メンバーとみんなで…がんばってきました。
     ももクロってけっこう、なんか、普通じゃない…し、新しいジャンル作りたいっていつも言ってるけど、それってすごい難しいことだと思うし、わたしたちは自分たちで、ももクロが常に最先端だっていうのを、それを信じて、自分たちが思ってることだけを…やって、がんばってきて、それが、そのときは、なんだろうなぁ、やっぱ、おかしなこととかも、やっぱ疑問に思うこととか、これって…なんのためにやってるんだろうとか、ていうのが…いっぱい…あったんだけど、それでも、やっぱももクロっていう新しいジャンルを作るために、自分たちが思ってる道だけを…信じて…歩いて…きました。そしたら、こうやって、ずっと夢見ていた紅白っていうところに、たどり着くことができて、そうだなー、本当に…びっくりしてるし、バカ正直に、一本道だけ見て…歩いてきて良かったなって、今は、すごく思ってます。
    うん、やっぱり、メンバーチェンジとか、たくさん、したけど、メンバーが替わる前から1つの夢が、ずっと今も変わってないのはほんとにももクロ、すごいなって思うし、こうやって紅白に出れるっていうのを…聞いて、なんだろう、もちろん、昔一緒にがんばってきた子とかも、ほんとに、喜んでくれてるんじゃないかなって、思います。
     紅白っていう、みんなの…夢だった…ステージに、堂々と、立てたら、いいなって、思います。あの………(涙が出て言葉にならない)そうですね、あのー、ほんとに、……ん~、こういう…話は得意じゃないし、普段、思ってても、みんなにちゃんと、ありがとうっていう、言える機会が、あんまりなかったり、するんですけど、ほんとにいつも心から感謝してます。あの、わけのわからないわたしたちに、いつも、ついてきてくれて、応援してくれて、ほんとに、ありがとうございます。
     みんなの…顔…今見たら多分、ほんとに、前が見えなくなるくらい…のものが溢れてくると思うんですけど、やっぱ、ちゃんと、また次は、どこかで会えるときに、しっかり、目の前で、報告できたら、いいなと、思います。」(2011-11-26)

    『束縛があるからこそ、私は飛べるのだ。
     悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ。
     逆境があるからこそ、私は走れるのだ。
     涙があるからこそ、私は前に進めるのだ。』 (マハトマ・ガンジー)

     紅白出場の報告の翌々日に百田は早見向けにブログをアップする。

    早見百田

    百田「ねぇ、あかりん?
     私ね、強くなったよ!少しだけ‥
     まだまだだけど、背中押してもらわなくてもしっかり立ててるよ!
     たぶんね、今の私見たらびっくりするよ!しっかりしすぎて!笑
     ごめん調子のった‥笑
     それでも私の様子マネージャーさんから聞いたりとかした時
     たまに気にかけたメールくれるよね!
     それにはやっぱり助けられてます。ありがとう!!!
     次はあかりんの番!
     いつか絶対あの日の約束みんなで果たすんだぞーーーー!!!
     私達もそれまでもっともっと頑張るからさー!!!

     なーんて‥このブログ見てるのかなあの子‥笑」(2011-11-28)

     紅白出場へのリハーサルルームも借り準備は着々と進んだ。紅白の出場の当日早見がメンバーにプレッシャーをかけていた。

    早見「実は大晦日の朝、LINEでみんなにプレッシャーをかけたんですよ、『私が言わなくてもいいぐらいがんばってきたと思うけど、あえて言わせて、2012年、最後の締めくくりとして死ぬ気でがんばってこい!』って。
     そうしたら、『本当に不安もあるけど、楽しんでくるね』という人もいれば、あーりんは律儀に『良いお年を』って(笑)。でも一番衝撃的だったのは数えきれないほど
    『あかりん、あかりん、あかりん、…』って書いたあとに『行ってくるぜっ!』って。
    まあ、百田さんなんですけど(笑)。あんなに成長してるのに、本当に根の部分は変わっていないんですよ、みんな。」

     ももクロのメンバーは早見の名前が呼ばれる6人バージョンの怪盗少女を紅白で歌った。早見は紅白にももクロが出てきた瞬間に号泣して自分の名前が歌われるサプライズに気付かなかった。




    早見「まあ、びっくりするぐらい早い段階で5人が夢をかなえちゃったんですけど、私メンバーに言ったんですよ。『いつになるかわからないけど、追いかけるから、来年も再来年も頑張ってください』って伝えたら詩織が『ももクロはこれで終わりだと言わせないから!あかりんがくるまでいつまでも待ってるよ』って。負けていられないですよね。5人にできて、私にできないわけがないって思いたいし。
     私がいたころは、今よりずっと泥まみれになっていたんですけどね、ももクロって。ワゴン車に乗って、全国を回ったり。でもあの経験があったからこそ、今の私がいるんじゃなって思ってるし、うん、負けてられないな、5人に」

     ウレロシリーズはファンの支持もありシーズン1、シーズン2と回を重ねオンエアされ、舞台化もされたが本格的な女優としての仕事にはなかなか結びつかなかった。

    早見「中途半端な気持ちで大学に行っていいのかな、と思って。結局、自分に保険をかけているだけじゃないかって」

     早見は小さい頃からキャンパスライフに憧れ、大学に行くのが自分の当然の進路だと思っていたし、周りも思っていた。ももクロの活動で学校の成績は下がったが都立の普通高校に進学した。2013年の夏、休みが明けると大学進学を辞めると突然言い出した。家族、学校の先生、事務所のマネージャーも皆一様に驚いた。

    早見「私思ったんです。この仕事がなくなったとき、自分に何が残るんだろう、と。何も残らないんですよ。実際、芸能界でがんばってきた、という事実は残るけど、学歴もないし、同じ歳の友達が普通に歩んできているような経験もしてないし、ホント、なんにも残らない。だったら、この世界でがんばっていかなくちゃいけないじゃないですか、高校さえちゃんと卒業しておけば、大人になってからでも大学って行けるじゃないですか、あとで本当にこれを勉強したいんだ、というものが出てきたときに、改めて大学に行くことを考えればいいだけで、今は18歳を迎える今年は、とにかく仕事で勝負したいって思ったから、進学するのをやめたんです!」
    早見「ここまで自分を追いつめたこと、いままでの人生の中で初めてかもしれない。学校という縛りがなくなったのも初めてのことで、それって本当に未知の領域なんですよね。だから、どこまでできるのか、やっぱり無理なのかも、やってみないとわかんないし、その中で死ぬ気になったら、どこまで自分ができるかを知りたいし、そのためには、そこまで追い詰めなくちゃいけないですよね」

     早見は学校を卒業してすぐに初の主演映画「百瀬、こっちを向いて」のクランクインを迎えた。ウレロのあかり役を見た耶雲哉治監督に認められ「百瀬、こっちを向いて」という映画の主演に抜擢された。

    百瀬


    早見「期待よりも不安の方が大きいですよ。どうなるんだろう、というワクワク感もあるけど、それよりも不安の方が圧倒的に大きいです。これだけの覚悟を決めて、今年、コケちゃったら、この先やっていけなくなる気もするし…ただ、ももクロの時も「こんなの絶対できない」と思った状況で、いろんなことをやらされてきて、その結果、成長してきているので、その部分に関しては大きな自信になっています。」

     毎年のようにオーディションに応募して「あまちゃん」の最終選考に残っても採用に至らなかった早見がNHKの朝ドラ「マッサン」の出演が決まった。今回はNHKからのオファーだった。早見の反抗期は長く、いつも反抗的な言葉ばかり母親にかけてきた。早見が朝ドラ出演を母親に告げると買物籠を下げたまま母の眼から涙があふれ止まらなかった。

    「夢」は目標であり通過点、「志」は自分を越えて永遠に引き継がれるもの。

    早見「志もなくダラダラ生きている人が私苦手なんですけど、志のあるバカは好きなんです。
     夏菜子みたいな、子供っぽいしバカだけど、志はめちゃめちゃ高くて、あり得ないほど前向き。
     でもちょっと抜けてる。
     そのバランスが”らしく”ってすごく好きです」

     春3月、東京が夕景につつまれる頃、点灯を始めた街灯より早く国立競技場に五色の光点が息づき始めた。色が変わるペンライト(ペンラ)を掲げモノノフ(ファン)は好きなメンバーの色を点灯して応援する。ツアーやライブで発表した楽曲に新しいモノノフのコールが入り、ペンラがふられ楽曲が成長していく。有安の誕生日には緑のペンラの海にハッピーバースデーの歌声が流れる。玉井が勝負だと挑発すると黄色のペンラが武者震いし、高城が笑うと紫のペンラも笑う、佐々木が煽るとピンクのペンラが天に突き上げられる。百田が花道を走り抜けると沿道のペンラが次々と赤に染まる。スタンドの上から見ていると国立競技場のあちこちに散らばったメンバーがどこにいるかペンラの色でわかる。誰が統率しているわけでもない。5万のモノノフの感情のうねりがペンラの色と歓声によって国立を染めた。
     メンバー最後の挨拶で赤く染まった国立競技場、5万人のモノノフに向けて百田夏菜子は語りかけた。

    国立聖火台

    「私たちは天下をとりにきました。
     でも、それはアイドル界の天下でもなく
     芸能界の天下でもありません。
     『みんなに笑顔を届ける』という部分で天下を取りたい。
     そう、思います。
     これからもずっとずっと、みんなに嫌なことがあっても、
     私たちを観て、ずっと笑っててほしいです。」

     人は人を笑顔にする力をみんな持っているのだと高城は言う。
     怒鳴りつけた自分の声に反射する表情に動揺する人にも
     暴力的にすれ違う新幹線の圧に叩かれ自分が泣いていたことに気づいた人にも
     最近になって、やっとお母さんに「ありがとう」と素直に言えるようになった人にも
     人を幸せにすることができるのだ。

     人は皆人を幸せにする力を持って生れてくるものだから。

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    2015.03.26 | コメント(0) | トラックバック(0) | ももクロ

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