スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    --.--.-- | スポンサー広告

    早見あかりとももいろクローバーZ (6)

    <第6章 自由になれるさ(I Shall Be Released)>

     すべては変えられるって言うけど(They say ev'rything can be replaced)
     すべてがこんなに遠いのはなぜだろうね(Yet ev'ry distance is not near)
     だから僕はすべての顔を覚えておきたいのさ(So I remember ev'ry face)
     いままで出会ったすべての人の顔をね(Of ev'ry man who put me here)
     ほら君にも見えるだろう(I see my light come shining)
     西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが(From the west unto the east)
     そのときに僕らはきっと(Any day now, any day now)
     自由になれるさ(I shall be released)

     早見あかりとももいろクローバーについてこれまで5章にわけて述べてきた。

     第1章 髪を切った頃
      早見が生まれてから中学2年の夏(2008年13才)までの経緯、スターダストに入ってももクロに出会うまでの話
    第2章 自分が自分であるためには一人以上の他者が必要である
      中学2年生の夏(13才)から中学3年生の夏(2009年14才)までの経緯、ももクロに加入して車で全国を回りインディーズデビューするまでの話
    第3章 ピリオドの向こう側へ
      中学3年生の夏(14才)から高校1年生の夏(2010年15才)までの経緯、有安加入からメジャーデビューするまでの話
    第4章 笑顔が世界を変える、あなたが未来を決める、もう止まらない!
      高校1年の夏(15才)から翌年の1月(2011年)までの経緯、ももクロ脱退の決断から脱退発表までの話
    第5章 「夢」は目標であり通過点、「志」は自分を越えて永遠に引き継がれるもの
      高校1年の冬(2011年)から19才(2014年)までの経緯、ももクロが早見と分かれて夢を実現し、夢を志へと深化させる話

     私は2014年の3月まで、ももクロに対してゴレンジャーを模したアイドルグループという認識しかなかった。「ウレロ☆」というテレビ東京のコメディ番組のシリーズを見るまでは早見あかりのことも知らなかった。ただ、国立競技場を2日間も満杯にする熱狂はどこから生まれてくるのか気になっていた。特別、歌唱力があるようには思えない、ダンスもそろっているようには思えない、むしろそろえるのを拒否するように激しく踊るメンバーもいる。全力が売りと言っても息切れして音程を外してまで歌い踊る必要はないのではないか。Perfumeはステージの完成度のために生歌を捨てた。それくらいの完成度へのこだわりがあってもいいんじゃないかと思っていた。ももクロについて最初から追って見てみようと「ももクロChan」というももクロの冠番組のDVDを購入して見始めた。4巻目で早見あかりが脱退をメンバーに報告する場面を見て圧倒された。早見がももクロからの脱退を告げ、メンバーがひらすら泣いているだけの映像なのだが、早見の決意とメンバーに対する思い、メンバーの早見に対する思いが切迫感を持って伝わってきた。ここまでアイドルの生の感情を見せようとするのかと思った。早見あかりという15歳の女の子の気持ちが自分にわかるとは思っていない。それでも映像には有無を言わせぬリアルがあった。息子がちょうど15歳だったこともあり早見あかりとももクロについてもっと知りたいと思い雑誌、DVDを購入し動画を漁って調べブログの記事にしてアップした。

    <<1章補足>>
     1章は早見がももクロに入る前までのことを述べている。早見の進路に影響を与えた川上マネージャーと早見と百田の出会いに焦点をあてた構成にしている。

    早見「中学で、ももクロに入った時期とかは、ホントに荒れてたんです。外面が良すぎて、家ではとんでもない子だった。お母さんにどれだけ暴言を吐いてきたかわからないし、でもそういう時期があったから、こうして芸能生活を続けることができてて、お母さんは全部受け止めてくれたんで感謝してます。でも、ほんとに、母子家庭で育って、そう、それで楽しく暮らしてこれたのはお母さんのおかげなので。高校を卒業して、なんでも一人でやるようになった時に初めて親のありがたみに気づいた。だから自分で何か買いたいというよりはお母さんに何かしてあげたいと思うことの方がすごく強い」

     父親譲りの顔と広い肩幅を持った早見は母と妹の3人家族のなかで育ち、小学校卒業間近にスカウトされスターダストに入る。家庭の中では長女でもあり、父親役をやらざるを得なかった面もあるのだろう。家庭で荒れていたという素振りを表に一切出さなかった。

    早見「『早生まれなのにしっかりしてるね』って幼稚園の頃から、ずっと言われていて。うちはお母さんが抜けキャラだから、お母さんのためにも私がしっかりしなきゃって気張ってきたんですね。(中略)小さい頃から力んで力んで生きてきたんだなって思います。人に頼るなんてありえないって感じだったんですよ。人は誰がいつ裏切るかわかんないし、ぐらいに思ってた。」

     早見の進路に影響を与えたスターダストの川上マネージャーとの出会いは2007年12月、芸能3部という部署に集められた女の子達の宣材撮りがあった時だ。川上の上司である藤下リョージがいい子がいると早見のことを後に私立恵比寿中学というグループを担当する藤井マネージャーに連絡した。彼が現場にきてこの子いいと思ったが川上が先に早見の担当マネージャーになっていた。川上は沢尻エリカの担当マネージャーだったが「別に」の騒動があって暇だったからと弁明しているが、早見に光るものを感じたのだろう。また、早見の親友となる百田夏菜子との出会いについてもこの章で述べている。

    10086260026_s.jpg

    <<2章補足>>
     2章は早見がももクロに入ってから最初の全国ツアー完了までのことを述べている。この頃からすでに自分はアイドルに向かないと早見は漏らしていた。
     早見がクールな表情に自分の感情を隠したように百田は笑顔に感情を隠した。正反対のようにみえて、人に自分の弱みを見せず負けず嫌いで意地っ張りの二人の核にあるものは似ていた。百田がいたから早見はももクロに入ったのかもしれない。ただアイドルになっても早見は百田のように握手会で人気を博するようなことはなかった。

    「完璧主義者の面倒くさがりという超面倒くさい性格してるから、バリアを張るんですよ、踏み込まないでってオーラを、すごく出すんだと思います。」

     『早見あかりとして生きてて、そんなに”ワー”みたいな感じの感情が、そこまで、多分ないんじゃないかな』と語っているように、うまく笑顔を作れない早見はももクロに加入してからアイドルとして笑えないで悩んだ。

    早見「新津保さんに写真を撮ってもらうようになったことも、早見あかりってなんだろうって考えるきっかけになりました。初めて撮ってもらったのは中学2年生の頃で、その時はももクロの活動を始めていて。ももクロの写真を撮る時は『アイドルの顔をしなきゃいけない』っていうものがあって、『ちゃんと笑わなきゃいけない、アイドルとしての自分を作らなきゃいけない』。だから、『笑顔になれない時も笑わなきゃいけない』。でも新津保さんとの初めてのお仕事で、その作り笑顔をした時に、『笑わなくてもいいよ』って言われたんですよ。『無理に笑わなくてもいいよ、そのまま自然体でいいよ』って。新津保さんにそう言われたことがきっかけで、笑いたい時に笑うっていう、そういう写真の撮られた方もあるんだって気付きました。」

     車での全国ツアーが始まった。高い声が出ず、周りのメンバーのキーが高すぎて薄いウイスパーボイスで付いていくのが精一杯でソロパートも削られる状態だった。早見はスタッフの勧めでラップに活路を求めた。とにかくラップを聴きまくって、英語のつなぎ方の特徴とかもカタカナに起こして何回も繰り返し練習した。練習しすぎて、母に「うるさい!」って怒られながら「やっと自分の声が出せる!」と必死だった。そこから「ツヨクツヨク」「words of mind」の早見のパートが生まれた。ラップを歌うことで初めて早見はももクロに自分の居場所を見つけた。
     雨の吹き込むヤマダ電機の軒先で踊り、ライブ中に突然音が止まっても歌い、照明がなく車のヘッドライトでライブをやり、車の中で身を寄せ合い、疲れ切って眠り、時々車中で勉強をし、笑い、銭湯に行き、ふざけ合い、いちゃつき、夜に伸びるヘッドライトを飽きることもなく見つめ、うっすらと開いた眼に朝陽を感じながら早見はももクロの一員としてツアーを続けた。

    ワゴン車


    <<3章補足>>
     3章はももクロの最後のメンバー有安が加入しメンバーが全員揃ったところから始まる。秋葉原のUDXシアターを拠点にしてライブと握手会を行い、ももクロを脱退するまでサブリーダーとして早見はももクロを支えた。

    早見「基本的に考えることが好きだから、握手会だけだとマンネリ化してきたからっていう企画会議を、いつも帰りの車の中でマネージャーとしてたんですよ。昔からやりたくないことを言っちゃうの、また、言っちまった、やっちまったみたいな、そういうところでの表現力ないのに思いついちゃうの、メンバーにも怒られてたけど」

     早見がくだらないと語るファンとの糸電話企画、塗り絵などファンを飽きさせない企画を作り続けた。
    『ブロマイド争奪!ジャンケン大会 ~勝ったら天国~』
    『ももくろ手形番長~ありがた迷惑~』
    『ドキドキ?お楽しみチェキ会』
    『初めての3ショット~制服編~』
    『154cm以下のチェキ撮影会」
    『握手会・ももクロちゃん危機一髪』
    『となり、すわっていい?byあーりん』
    ~席替えってなんであんなに ドキドキするんだろう~
    『ももいろクローバー ~夢の世界へ~』
    『校則違反09~ちょっと大人になっちゃったんじゃないチェキな!!』
     こうした企画は遊びに参加する気分を作り遊園地の乗り物チケットを買うようにCD予約券を買いファンは嬉々として列に並んだ。1日のイベントで10枚以上のCD購入は普通で、コアなファンであればツアー中に100枚以上CDを買って当たり前の世界を作り出した。100枚といっても2か月のツアーで100枚なので一か月で5万円(50枚)の支出、サラリーマンが出せない額ではない。そして200人程度のコアなファンがいればテレビに出たこともないアイドルがオリコンデイリー1位になれることを、『行くぜっ!怪盗少女』で証明してしまった。(初日15,556枚、週間22,537枚で3位)川上あきらもオリコンランキングは知名度を上げる手段だと割り切っていていた。人間には手が2本しかない以上握手会で売上を増やすには6人では限界がみえている。川上マネージャーのすごいところは単に売上を追うのではなくタレントの成長につながる仕事をやりながら実績はきちんと残してきたことだ。

     5DAYSというイベントの中で「タイムマシンで未来へ行けるとしたら何年後で何を見たい?」という質問に彼女達はこう答えている。

    早見「何年後になるか分からないけど、メンバーそれぞれが個人ではモデル・役者・アーティストとして活動し、6人揃ったらももいろクローバーとなる、今のSMAPのような活躍をしている自分達を見たい。」
    百田「ももいろクローバーの公式目標である2010年の紅白出場を見たい」

     リーダーである百田はももクロの目標を、サブリーダーである早見はももクロのビジョンをライブ動員が200人にも満たなかった頃にファンに向けて答えている。紅白出場という目標を3年後に達成し、早見のビジョンはももいろクローバーZに継承され音楽だけではなく映画、演劇へと活動の幅を広げ実現に向けて今もスキルを積み実現にしようとしている。この頃は目の前の壁をクリアするのに必死でメジャーデビューまでゆっくり考える余裕がなかった。ただ、着実にももクロは走りながら成長を続けていた。何事にもポジティブで太陽のような存在である百田とネガティブで現実的に物事を考え実現していく優等生タイプの早見はお互いを必要としていた。

    百田「普通に、このキャラで、ハーイやろうみたいなノリでいいじゃんみたいな感じになってきて、普通にまとめればいいんだなって感じで、あかりんサブだし、あかりんしっかりしてるから、あたしがふざけた時はまとめてくれるし、なんか、いい感じのコンビでね、色と一緒、あたしが赤でプラス、あかりんが青でマイナス」
    早見「普通に楽しんで、気楽に夏菜子は、夏菜子だからね、夏菜子のままでいった方がいいと思う」

     2009年末の聖書を引用した二人の会話にこの頃のももクロの希望が凝縮されている。

    百田「神様はね、越えられない壁は作らないんだよ。ねー!」
    早見「越えられる子にしか壁は与えないんだよね。だから行けます!」

     2010年にメジャーデビューを控え、悪い予感のかけらもないようなももクロの未来を二人は信じていた。翌年自分達のブログで百田が早見に「この手離さないで」という茶番をしかけ、やがてそれが現実になるとは思ってもいなかった。

    早見2010627-1


    <<4章補足>>
     4章は早見にとっては激動の夏を迎え、ももクロからの脱退を決意し、メンバーやファンに脱退を報告するまでを述べている。
     2010年夏、立て続けに3本の映画出演した早見はアイドルの進路より女優という進路がしっくりくるように思えた。首の骨格に起因する早見固有の身体的な問題で2年振りに腰をやられた。痛みをこらえながらコルセットをしてダンスを続けていくことの不安に襲われた。インディーズという地区大会レベルのライブからメジャーデビュー後の全国大会レベルのアイドルグループとの競演に実力差を感じた。歌唱力やダンスの下地があるものから選抜され鍛えられてきたグループにMC、歌唱力、ダンス全てにおいてももクロは劣っているように思えた。早見が描いたももクロの未来図からいつのまにか自分の姿が消えていた。これまで必死にももクロを支え続けてきた自負がある一方、自分の限界と向き合った時、ラップしかできない自分が、笑顔を作れない自分が、軽やかに踊るメンバーの横でドテドテ踊り続ける自分の姿が、ももクロが次のステップには必要ないことをマネージャー気質の早見自身が告げていた。12月にはももクロ初のソロコンサートを控えていた。そして、早見はももクロ脱退を決意する。

    川上「あの子達をずっと見ているとわかるんですけど、あるところから本当に自我が目覚めるんです。ただ、ももクロの場合、他のタレントさんたちよりも遅かったんですよ、それが出てくるのが。だから、本当のタレントとしての面白味はそれからでしたね。脱退した早見は、その芽生えが早かった分、ああいう形になったんだと思います。」

     10月に早見はももクロからの離脱を川上マネージャーには告げた。自分の都合による脱退はメンバーや応援してくれてきたファンに対する裏切りであることはわかっている。自分の担当だったMCをライブをやりながら佐々木に引き継ぎツアーを続けた。12月の日本青年館の単独コンサートに向けて誰にも告白することもなくメンバーと一緒に活動を続けた。握手会のイベントで自分の列が途絶え手持ち無沙汰になった時、ここから自分がいなくなっても何事もなくライブが行われ、握手会が行われるだろうと思うと早見の目から涙が流れた。
     メンバーも早見の感情の起伏が大きくなったことに気づいていた。髪を3回も切ったり、笑ったと思っていたら急に不機嫌になったり、気付けば涙を抑えたりしている早見に何も言い出せなかった。脱退する決意を固めても青年館での初コンサートを終えるまではももクロのメンバーの集中をとぎらせたくなかったし考えたくもなかった。代々木の路上ライブをやっていた頃、まだももクロに入っていなかった頃、百田と一緒に見つけいつかここでライブしたいねと言っていた代々木野音でツアーファイナルを迎えた。
      「ももいろクリスマス in 日本青年館~脱皮:DAPPI~」を無事にやり遂げ2011年を迎えた。2011年が明け、早見の家に百田が泊まりに来ることになった。

    百田「昨日はですねー、お仕事終わるの遅いから仮眠室に泊まりねって
     スタッフさんに言れてたんですが、あかりんがぢゃあうちおいでよって!(≧∀≦)♪
     お言葉に甘えて泊まりにいかせていただきましたヽ(≧▽≦)/うひょ♪
     みんなでおでん食べて~たくさん話して楽しかったです!!
     寝るときはあかりん姉妹の間に寝させてもらったぁ!!(^O^)
     まあ川の字の真ん中は一番小さい子が…ってやかましいわーい!!!!!!笑
     とにかく本当にっお世話になりましたっっ!!
     なんかみんなにお世話になりっぱなしで…っ
     こんどまた時間のある時にうちにも遊びにきてねっ( ´∀`)
     静岡いいとこだよ↑↑(@^O^@)カモーン☆」 (2011/1/6)

     百田は自分の中の暗い話を人に言いたくないと思っているように早見もまた言いたくないものがあるとは思っていた。早見と妹の間で川の字になって寝ながら他愛もないことをずっとしゃべっていたに違いない。早見が辞めようと思っていることをうすうす知りながら、早見も百田もそこには何もふれずに話し続けた。早見は脱退を告げることでメンバーとの関係性が壊れることが恐かった。脱退はグループのメンバーに対する裏切りである罪悪感が早見にはあった。百田との友情が壊れてしまうのが恐くて百田を誘っておきながら早見は何も言えなかった。その日から1週間も過ぎた頃、テレ朝の会議室にカメラを据えた状態でメンバーが集められた。メンバーは何が始まるのか戸惑っていた。早見が脱退報告を行った。メンバーはただ涙を流すだけでただ時間が流れていった。
    脱退報告の後、川上は二人を送る筈の車の中に百田と早見を車に残して、二人だけの時間を作った。報告の席で一言も会話することもなかった二人はしばらく気まずい雰囲気の中にいた。「もう、サイアク!」という百田の言葉をきっかけにそれまで抑えていた思いを百田はまくしたてた。新幹線に乗る時間を一本遅らせる程に話し込み、最後には二人共ケタケタ笑っていた。

    早見とももクロ

     早見の脱退発表を知ってインストアライブに南海キャンディーズの山里がかけつけた。1ファンとして、ももクロを応援してくれた山里に早見は深々と頭を下げて、これまで何度もファンの一人一人に言ったであろう言葉をかけた。。

    早見「すいませんでした。せっかくの応援を無駄にしてしまいました。」

     ライブの後、握手会に参加した山里にもう一度早見は言葉を返す。

    早見「さっきは、あー言ったけど、あたし、頑張るしかないんですものね、だから、今までの応援が無駄じゃなかったと思えるくらい、頑張って、ももクロのお蔭で成長できたって、頑張るしかないんですもん。ありがとうございました」



    <<5章補足>>
     5章は早見の脱退から、ももクロが紅白出場の夢を果たし、夢を志へと深化させる話だ。この章ではももクロの1ファンとしての早見の視点から、ももクロのメンバーの成長を中心に述べている。

     早見がももクロを脱退した中野サンプラザでのライブから1年経った日に脱退後の思いをアップしている。

    早見「桜がきれいな季節になりました。
     そして、わたしがももいろクローバーをやめてから1年が経ちました。
     やっと1年なのか、まだ1年なのか、感じ方は人それぞれだと思います。
     わたし的にはまだ1年なんだって感じです。
     みんなと泣いて泣いて別の道に進んだあの日から
     とにかく必死に毎日がんばってきました。
     ももいろクローバZの5人もそうだと思います。
     最近ではみんなの姿をテレビでよく見かけるようになりました。
     それは彼女達5人が必死に頑張った証拠だとわたしは思います。
     そしていろいろな人から、今Zがテレビに出てるのってどう思うの?
     と聞かれることが増えました。
     わたしはこう答えてます。
     ほんとーおもしろいよね、あの子たち!
     あかりが頑張ってた時テレビに出れなかったのに
     今あんなに大きくなってすごいよねー!まじすごいと思う!
     でもさー、テレビにいっぱい出てみたかったけど、ずっといれたかっていうと
     そうじゃないな
     この言葉をみてがっかりした人もいると思います。
     わたしにももクロに戻ってほしいと言う人
     ブログのコメントにも戻ってくれと何回書かれたことか…
     だけどわたしはもう ももいろクローバーではありません
     早見あかりとしてひとりで頑張っています。
     もちろん5人は永遠の仲間
     だけどもう違う道に進んでいるんです
     わたしたちは夢に向かって違う道で頑張っています
     もうアイドルのあかりんではなくて
     ひとりの女優、モデル 早見あかりとして見てほしいです。
     なので戻ってきてとはもう言われたくありません
     言われないように言わせないような頑張りをみせたいです。
     そして、今ももクロにわたしがいたことを知らない人がいっぱいいるように
     わたしがももいろクローバーだったと知らずに
     早見あかりを好きになってくれる人が増えるように頑張りたいです。
     脱退から1年経った今はじめてちゃんと自分の気持ちを話した気がします。
     これが早見あかりの本当の気持ちです。
     このブログを見て嫌な気持ちになってしまった方がいたら、すみません。
     これからも頑張ります。
     よろしくお願いします。」 (2012/4/10)

     早見はももクロを脱退後、都立高校に通いながら映画にも出演し、テレビでは「ウレロ☆未確認少女」にレギュラー出演した。特にウレロ☆シリーズは評判がよく毎年シーズンを重ね、東の芸人で一番油がのっている劇団ひとり、バカリズム、東京03という共演者にも恵まれ舞台化までやれたことで早見のスキルアップとファンの増加につながった。
    早見はももクロのポイントになるライブに必ず見に行ったりしながら、人には見えない角度でももクロのメンバーとはつながっていた。特に静岡から新幹線で東京の高校に通う百田は仕事が遅くなり帰れなくなると度々早見の家に泊まったりしている。

    早見百田


    早見「裏切る人の数だけ信頼できる人もいるんですよ。私ね、高校のときに、高1から仲良くしてた子に高3で裏切られたんです。それで人間不信になっちゃって。もう誰とも遊ばなくなっちゃった。でも人と関わらないと、何も吸収できないんですよね。私自身、言い方は悪いんですけど、自分が周りの友達より上だと思ってた時もあったんですよ。私の周りにたくさんの大人がいて、小さい頃から大人の世界で働いていて、だから同世代の子より私の方が多くの事を知ってるって。でもね、それは普通の人が普通に経験することをすっ飛ばしていることでもあった。知ってることの種類は多いかもしれないけど。知らないこともすごい多いって気づいたんですよ。それで自分が張っていたバリアみたいなものを取り払ってみたら、吸収できるものがすごく増えた。人が好きになりました。十代の終わりにそのことに気が付けてよかったです。」

     どこかで同世代の子より上だと思っていた早見のこころが友達の裏切りを生んだのかもしれない。ただ、そこに気づくには時間と環境の変化が必要だった。
     「大学進学を目指し、特に保育系の大学に進学したい」と早見は常々言っていた。それが夏休み明けに突然進学しないと宣言した。学校の進路担当の先生、家族、事務所のマネージャーもびっくりした。大人をびっくりさせるのが私の得意技かもと笑いながら早見は語った。

    早見「私思ったんです。この仕事がなくなったとき、自分に何が残るんだろう、と。何も残らないんですよ。実際、芸能界でがんばってきた、という事実は残るけど、学歴もないし、同じ歳の友達が普通に歩んできているような経験もしてないし、ホント、なんにも残らない。だったら、この世界でがんばっていかなくちゃいけないじゃないですか、高校さえちゃんと卒業しておけば、大人になってからでも大学って行けるじゃないですか、あとで本当にこれを勉強したいんだ、というものが出てきたときに、改めて大学に行くことを考えればいいだけで、今は18歳を迎える今年は、とにかく仕事で勝負したいって思ったから、進学するのをやめたんです!」

     ももクロが紅白に初出場した翌年、「進学するのを辞めました」と早見は自身のブログで宣言した。「2013年のわたしを見ていて下さい。死ぬ気で頑張ってみます。」と意気込みを語る。川上の上司である藤下リョウジが「来年は あかりの女優の部分に力を入れたいです。が、最後は 芝居のセンスと運しだい」とツイートしている。早見に対する最大限のエールだろう。高校を卒業した早見は初の主演映画「百瀬、こっちを向いて。」のクランクインを迎える前に、早見は役作りのために初めて髪を切った。早見がももクロ脱退に気持ちが揺れた頃に髪を切ってから2年後のことだ。



    早見「もちろん、約束は忘れてないし、それは今の私にとっての夢なんですけど、ももクロとの約束だけが私の将来の全てではないから。仲間との大事な約束は絶対に叶えたいけど、そこがゴールではないんですよ。ちゃんと自分の活動を頑張ったら、いつか紅白に辿りつけるかもしれない。でも、それをゴールにするんじゃなくてステップにできるように頑張って行かなきゃダメだなって」

     早見は2013年華々しくはなかったが主演映画の撮影、テレビ動画(「早見あかりのわかーんない」「さよならキノコ」)、テレビドラマへのために金髪に染め、ウレロの舞台出演、テレビCM(野菜生活等)と仕事は徐々に増えていった。仕事の増加と反比例するようにブログの更新が滞った。

    早見CM


    早見「ブログを書かない理由は、プライベートをそこまで明かしたくないという理由と無理に書いたら自分が強制的にやらされてる感が出るからやりたいときにやるのが一番と思っているからやらない。(ブログを書く理由を問われて)違うんだよ!お母さんがうっさいんだよ。ブログをお前閉鎖しろ、閉鎖しろって、書かないんだったら閉鎖しろって。書け書けって言う人が後ろにいるから。家でずっと言われ続けるんですよ。だって、川上さん何度言われましたか、あの子のブログを閉鎖しろって、何回も言われてるじゃないですか。お母さんが一番視聴者側として『あなたを応援してる人がいるからちゃんと書きなさい』とそれはわかんるんですよ。それが義務になるととりあえず『ありがとう』と言っとけという風になるのも嫌なんですよ」
    川上「この人は一番根本の部分では真面目なんですよ。皆が楽しみにしてる部分に関しては、口でこうしてブーブー言うんですが、結局やるんですよ。でもそのプレッシャーに自分でつぶされちゃう」


     2014年3月ももクロが国立競技場でライブを行う5日前、18歳の最後の月に早見は半年近く更新がなかった自身のブログを突然閉鎖した。9月以降ブログの更新が途絶えた。

    早見「2014年3月10日付をもちまして、終了させていただきます。
     文章で何かを伝えることが苦手で、なかなか更新することが出来ませんでしたが、
     それでもわたしのブログを待っていてくれた方、コメントを下さった方には感謝の気持ちでいっぱいです。
     最後のブログになるので、正直な気持ちを話したいと思います。
     わたしは器用に色々な事をこなすことが得意ではありません。
     これまでもブログの更新をなかなかすることが出来ませんでしたが…
     これからのことを考えた時、女優の仕事をやっていくと決めた上で必然的に役にのめり込むことが多くなっていくと思いました。
     そうした時に、ブログの更新もきちんと出来るのか?
     考えたところ、きっと疎かになってしまうのではないか、そう思い今回ブログを閉鎖することを決めました。
     皆様からの応援コメントはとても励みになりましたし、演技への厳しい意見なども勉強になりました。
     ありがとうございました。
     今後はブログという形ではなく、テレビやスクリーンなどでわたしの元気な姿をたくさんお見せすることが出来る様に、お仕事を頑張りたいと思っています。
     これからも応援宜しくお願い致します。」(2014/3/10)

    百瀬


     ブログの閉鎖により、この挨拶も、進学をやめる宣言も、脱退を振り返ったももクロへの気持ちの吐露も、投稿されたファンのコメントも2011年2月以降の記事が全て削除された。早見の言葉の断片はファンの記憶や他のブログにのみ残った。早見は家族のことを含めて自分のことを素直に言うにはまだこだわりがあった。早見は作品以外でのファンとの交信を絶ち、早見にとってもももクロにとっても激動の年が始まる。

    百田「自己解決するんですよ、私。なにがあっても、だいたい一人でいる時に解決しちゃうっていうか。『あっ、ダメだな今日』っていう時は、帰りの新幹線の中で自己解決するんです。たまに解決できなくて爆発しちゃうことがあるけど、だいたいは新幹線に乗っているあいだに解決する。『ダメなところを人に見せたところで問題がなくなるわけじゃないから』っていう感じなのかなぁ…。でも新幹線での1時間30分は私にとってはすごい重要な時間なんですよ。乗った処から着くまでの間にすっごい考えて、着いて家族に会う時はにはもう普通の私に戻っている。逆に家族といる時はそういうことを考えなくてもいいっていうのはありますね。うん逆に考えない。家に着いたらそこまでなんですよ。もうそこまでで悩みは終了。めったに泣くことはないけれど、たとえ新幹線の中で何回か泣いたとしても、家に着くまでには確実に目が赤い状態が全て治ってから行きます。そういう自分の中のリズムが出来ているんですよ」
     
     百田は静岡から新幹線通学し高校を卒業してからも静岡から通うことを止めなかった。自分が悩んだり苦しんでいるところを誰にも見せたくない百田には1時間30分の新幹線という装置が必要だった。百田と同じように自分の弱さを知っているだけに他人と間にバリアをはってきた早見にとって百田の新幹線のような装置が母親との関係だったのかもしれない。自分の悪態を受け止めてくれる母親の存在が自分を崩壊から守ってくれる防波堤だった。百田は「大丈夫」じゃない時でも無意識に「大丈夫、大丈夫」と答えてしまい自分で自分を追いつめていた。高校を卒業して昔からの友達の「どうして夏菜子はどこでも完璧でいようとするの」という言葉に百田はハッとしたという。「いつも笑っていて、夏菜子はいったい、どこで自分の弱音を吐くの?ちょっと自分の弱い処を見せてみたら、きっと周りの誰かが助けてくれるんじゃないの」という言葉に勇気づけられて少しだけ周りの大人たちにも弱音を吐けるようになった。

    早見「相手がこっちを探り探りきてるなって思うと私も探り探りいっちゃう。でも一気に殻を破ってくれたら自分も心をパッて開きます。土足で乗り越えてくるくらいに」

     ただ、一気に早見の殻を破ってくれるのはももクロのメンバーのように少数の人間だけだった。大多数の大人たちに心を開くまでには時間がかかった。自分を守るために無意識にはっていたバリアをとるのが最初恐かったのだろう。一つ一つの仕事をこなし、信頼してもいいんだと思える大人たちに出会っていく内に少しずつ心を開けるようになった。

     夏を予感させる初夏の5月、早見の主演映画「百瀬、こっちを向いて。」の初日舞台挨拶を見に新宿ピカデリーに私は足を運んだ。初めて見る早見は向井理等の男性陣に較べると小さく華奢に感じた。ももクロの中で一人突出して大きかった早見のイメージの違いに最初は戸惑った。ただ、映画は思っていたよりよく佳作と言っていい映画だ。

    早見「初日が近づくにつれ、プレッシャーがのしかかってしまい、みなさんに届けられるのは嬉しいんですけど、まだ渡したくないと思う気持ちも正直ありました。(声をつまらせる)映画を観た方にいろいろなことを感じ取って欲しい。そしてここにいるみなさんの力でこの映画を広めていただいて、沢山の人に触れて欲しい。みなさんのおかげでこのスタート地点に立てた。」

     早見の強い緊張とこの作品にかける気持ちがこみ上げ涙に変わり観客に伝わった。周りへの感謝を述べた早見の短い舞台挨拶を終えた。

    玉井「うるさーい、このポンコツたち、朝のゲームだ。始めるぞ!
    題して、第一回、辞めたあの子も朝ドラ出演記念、こりゃー、朝ドラ当たり年、
    こりゃー、NHKさまさまだなー、素敵なじぇじぇじぇゲーム!」

    27.jpg


     NHKのあさドラ「マッサン」に早見の出演が決まった直後にももクロのライブで早見の朝ドラ出演を祝った。ももクロのMCの中には早見が出演しているテレビのギャグが時々散りばめられている。自分達の番組で早見の出ている他局の番組を宣伝することすらあった。早見の名前こそ出さないが常にお互いをチェックしているのだ。
    毎年のようにオーディションに応募して「あまちゃん」の最終選考に残っても採用に至らなかった早見がNHKの朝ドラ「マッサン」の出演が決まった。今回はNHKからのオファーだった。早見が朝ドラ出演を母親に告げると買物袋を下げ、立ったままの母の眼から涙があふれ出し止まらなかった。

    早見「素直に大好きって言えるようになったのは最近です。あたし、あたしの仕事を頑張るモチベーションはお母さんに家を買ってあげようということです。そう、家をあげたい、です。チョウいい子ですよね(笑)。あたしが表にでることを喜ぶのは私以上に母親なので、喜んでくれる人が一番、近くにいるので頑張んなきゃっていう気持ちはすごくなります。」

     ももクロ時代の名古屋遠征で「お母さんとケンカして『あんたなんかシャチホコになって、帰って来なくていい』って言われた」とライブの自虐ネタとして近況を報告していた時期もあった。お母さんに家を買ってあげたいという夢を語り、「チョウいい子ですよね」と言って、こんなあたしがと自己を茶化し笑いが止まらなかった早見の夢。

    早見「最近ふわふわしてるねって、親しい人には『昔が一生懸命すぎたんだよ』って言われるけど。やっぱりももクロのときは『私がしっかりしなきゃ』って頑張ってたし、明日からは二十歳ですけど、絶対周りの10代より波乱万丈な人生だと思います。大小さまざまなピンチがあった。プライベートも仕事もいろいろありすぎた。
     時間が経つのを待つしかなかったかもしれない。時間が経てば、この女優という仕事が一番やりたい仕事なんだと思えるから。じゃ、もう一回頑張ろう、って戻ってこれる。後誰かに助けてもらってもいいんだと思うようになったことも大きいかも。」

     人に助けてもらってもいいんだと思えるようになった頃からなのか、「アゲイン」、「すべてはFになる」、「セカンドラブ」等のテレビドラマに立て続けに出演し、鶴瓶のA-studioにもMCとしてレギュラーとなった。笑顔を作ることが自然にできるようになったからかもしれない。自分が張ったバリアを取り去るのは本当に難しいと思う。それだけ早見自身が強くなっていたのだろう。

    早見「お母さんって大変なんだなと一人暮らしして分かりましたよ。思えば私、そういう頑張りすぎるストレスを全部お母さんにぶつけていたんです。多分お母さんが辛かったと思う。だけど私はその時の記憶が本当に無くって、精神的に一杯一杯だったから。高校を卒業して自分で何もかもやるようになって、生活するのってこんなに大変なんだって知った時に、心から素直に『お母さん好き』と言えるようになった。」

     中学の頃から続いていた母との格闘も2014年の夏に実家を離れ一人暮らしを始めたことを機に大きく変わり始めた。

    早見「大人に、なるーっていうか近づいていくと、すごさがわかるようになってきた。だから、感謝してます。なんか、親なんですけど、ほんとに最近実家に帰れないことが多くて、一人暮らしを始めて、最初の一か月とかは、もう3日に一回とか帰ってたんですよ。もう意地でも帰るというか、でも最近一か月に一回とかで、でも帰ると、それが深夜に着いたとしても夜中の3時までお母さんと話してたりとか、なんか話すことがたまりすぎて、何話したらいいんだろうみたいな、全部話すんでお互いに、友達みたいな感じです。親友、一番の、ほんとに色々迷惑もかけましたけど、二十歳を前にするとなんか思いますね。」

     二十歳の誕生日に早見の初写真集「Twenteen」をだした。そこには早見あかりの言葉でこれまで早見あかりとして生きてきた軌跡について述べている。写真集の最後に母親に宛てた素直な感謝の気持ちが込められた手紙が収められている。なお、ここに掲載した早見の言葉はこの写真集からではなく一緒に発売したDVDとQuickJapanの記事をベースに引用した。DVDの最後にこれから自分はどうありたいかを述べている。

    早見「子供の気持ちを忘れずに、今を、とにかく楽しみたい、楽しくなきゃ嫌だというスタンスはずっと変わらないでいたいって思ってます。仕事に対してもプライベートでも、もちろんいろんなお仕事をさせてもらいたいと思っているし、頑張る気持ちは持ってて、その過程でつまらないとか楽しくないとか思ったら、自分の中で仕事をやっている意味がなくなってしまうので、ずっと楽しいと思いながら大きくなっていければいいなと思います。こんなにホケーとして悩んでない時は今までなかったと思います。もちろん悩みがないわけではないですけど、レベルが違うという。落ち込み具合みたいのが、年々本当に抜けてってるというか、笑う量が増えてってるような気がする。何に対しても。楽しみたいです。つまんない大人にはなりたくない。折角やりたいことを仕事にできるという数少ないチャンスをもらって、やっぱりやりたくないと思ってやっている人が多い気がするんですよ、このご時世、でも、その中で本当にやりたいことを選んで仕事にできて、それで生活をできてて、だったら楽しまなきゃ損ですよね。」

     早見が大きく成長した2014年の夏にももクロもまた大きく成長を果たした。川上が忙しいスケジュールをまるまる2か月近く映画の撮影にあて、「幕が上がる」という映画にももクロは挑戦した。弱小高校演劇部の部員であるももクロのメンバーが女優を辞めた先生と出会い成長し全国大会を目指す映画だ。
    早見は試写でみて「ももクロにはぴったりな作品だと思った。青春」と述べた。百田が初めての芝居の相当プレッシャーを感じていたと聞いてこう感想を述べている。

    早見「必死だったんだ。だって良かったもん、夏菜子。れにとかも、自分に近い役で普段のれにらしさがあったし、杏果の謎のある感じも本人にリンクしてるなって思った。でも夏菜子は全然自分に近くない役をやってる。こんなこともできんだって思った。親友だから言いますけど、あのおバカが(笑)。あのおバカな子がこんな素敵な演技をするんだって思いました」

     
     二十歳になってやりたいことはと聞かれて「お母さんと飲みに行きたい。あと大衆居酒屋みたいなところに一人で行って、おじちゃんと仲良くなる」と答えている。これまでは常に大人に囲まれる形でしか移動できなかった時代から、二十歳となった早見は近所に行きつけの酒場に一人立ち寄ることもあるだろう。時には仕事に行き詰まりこともあるだろう、そういう時にはピアノマンにももクロの歌でもリクエストするのだろうか。

     ピアノマン(Piano man)

     時計の針がちょうど9時を指した土曜日(It's nine o'clock on a Saturday)
     馴染みの顔が続々と集まりだす(The regular crowd shuffles in)
     私の隣にはいつも1人で来てる爺さん(There's an old man sitting next to me)
     いつだって まずジントニックだ(Makin' love to his tonic and gin)
     「おーい、あの曲弾けるかい?」(He says, "Son, can you play me a melody?)
     それでこの憂鬱な気分がどうにかなるかは分からない(I'm not really sure how it goes)
     だけど最高だったあの青春の記憶が蘇るんだ(But it's sad and it's sweet and I knew it complete)
     私がまだ流行りの服を身にまとってた頃の曲さ(When I wore a younger man's clothes)
     だから歌ってくれないか、ピアノマン(Sing us a song, you're the piano man)
     今夜の私達の為に(Sing us a song tonight)
     ここにいる皆が君の紡ぐメロディに酔いしれたい気分なんだ(Well, we're all in the mood for a melody)
     君の歌声は私達の明日への力なのさ(And you've got us feelin' alright)


    スポンサーサイト

    2015.05.10 | コメント(4) | トラックバック(0) | ももクロ

    «  | ホーム |  »

    FC2Ad

    プロフィール

    ノッチ森永

    Author:ノッチ森永

    カレンダー

    04 | 2015/05 | 06
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    31 - - - - - -

    つべこべ

    アクセスランキング

    [ジャンルランキング]
    音楽
    1967位
    アクセスランキングを見る>>

    [サブジャンルランキング]
    動画
    32位
    アクセスランキングを見る>>

    つべこべON

    現在の閲覧者数:

    検索フォーム

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QR


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。