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    Perfumeという空間

    「Perfumeのあの空間を支配していたのは、何だったんでしょうか?」 というコメントにうまく答えられなかったと思うのでユングのアメリカ先住民に会った時の話を紹介しながら考えてみたい。

    ユングが、1920年頃アフリカの先住民のところに行くとみんな太陽を拝んでいた。
    ユングはその行為に感心してその日の昼頃、長老のところにいき「あなた方は太陽を拝んでいるけど、太陽は神なのか」と聞いた。
    長老は笑って「あんなものは神ではない」といったそうだ。
    ユングが「朝、あなた方は太陽を拝んでたじゃないか。神様じゃないのに拝んでたとのか」と問いただすと先住民の人々はユングの質問の意図がわからず会話にならない。
    だんだん話してわかってきたのは朝拝んでいるときだけは彼らにとって太陽は神なのだという。
    太陽が昇る瞬間のすべて、つまり、それを見ている私、ともにいるみんな、それからおそらく雲など、その全てが内的感動を生む。それこそが「神」なのだというのだ。
    だから、これが神だと指し示せるものではなく、生きているということが神の体験となっているから拝むのだという。
    我々の人生にとって大事なのは自分の体験である。たとえば、私が私の母の死に対面したときに、母親の死体がどうなったかというのではなく、その母の死という全体の中の私の体験そのもの、これを宗教あるいは宗教性と呼んでいいのではないかと言う。
    だから、ユングは宗教性というものは我々の全体を揺るがせて、もうそれに対抗することができないような圧倒的な体験を、「注意深く慎重に観る」ことだという。

    Perfumeと観客で作り出す空間もまた、全体の中の私の体験そのものを生み出す。
    彼女達は決して神でも巫女でもない。彼女達が自称するようにゴボウやニンジンかもしれない、タマネギやじゃがいもである我々観客と大きく手を空に突き上げ、声を出し、汗を流し、笑い、涙し、跳ぶことで、ある一つの光景を生み出す。
    Perfumeが踊る瞬間のすべて、つまり、それを見ている私、ともにいるみんな、そしておそらく一体となった会場の空気、その全てが内的感動を生む。
    生きているということが神の体験となっているから彼女達に感謝する。
    人に感謝できる人間というのは強い人間だ。自分以外の他者を認めるのは勇気がいる行為だから。
    日常の狭間でPerfumeの空間を体験することで、あらゆる事物に瞬間でも感謝できる人間になるために私はPerfumeのライブにいくのだ。


    P110623-3-.jpg

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    2012.05.23 | コメント(2) | トラックバック(0) | Perfume

    武道館ライブ

    明日は武道館。
    久しぶりのPerfumeライブだ。
    それも始めてのアリーナ席。ワクワク

    ゴダールの気狂いピエロのように、
    ランボーの地獄の季節ように

    見つかった、何が、永遠が、太陽に溶け合う海が。



    2012.05.06 | コメント(2) | トラックバック(0) | Perfume

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